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LAリード:「マイケル・ジャクソンは冷酷な人間だった。」

LA リード(LA Reid)
LA Reid

『ピーターパンみたいに純粋無垢のマイケル』は
生前のマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)が世界中に見せていたイメージですが、
実際のマイケルには冷たい側面があったと、音楽プロデューサーのLAリード(Reid)は自叙伝で語っています。

リードは、2月2日に発売になる『Sing To Me』でこう言っています。
「マイケルはライバルだったプリンスや、お兄さんのジャーメインに対して特に意地悪だった。」



Michael and Jermaine 4

1990年代の初め、リードはプロデューサーとしてジャーメイン・ジャクソンとニューヨークでアルバムを製作中でした。
そんな時、マイケル・ジャクソンのマネージャーから電話があり、
リードとパートナーのベイビーフェイス(Kenny “Babyface” Edmonds,)に、マイケルのために曲を書いて欲しいと依頼されました。

リードはジャーメインにそれが何だなどとは言わず、ロサンジェルスに用事があるので行って来るとだけ告げました。

リードとベイビーフェイスは、バーバンク空港からマイケルが手配したヘリコプターに乗ってネバーランドへ向かいました。

ネバーランドに着いた二人を出迎えたマイケルのアシスタントは、二人に機密保持契約書にサインさせました。
「契約書にサインをしないとマイケルには会えない。」という決まりがあったのです。

サインをした後、二人はマイケルの書斎に連れていかれました。

三人で音楽の話をした後は、マイケルが二人にネバーランドの案内をしてくれました。
ネバーランド・ツアーの最後に映写室に連れて行かれた二人。

観たのは 1983年のジェームス・ブラウン・コンサート・ビデオ
そのコンサートの途中で、マイケルがステージに呼ばれ、いくつかのダンスステップを披露しています。
その後、「プリンスが観客席に居る。」とマイケルに告げられたジェームス・ブラウンはプリンスをステージに呼びます。

Michael Jackson 1 Prince_201602011819169d5.jpg
その頃のプリンスとマイケルはポップ界のトップを争うライバルと言われていました。

ステージに上がったプリンスのパフォーマンスは何故かうまくいかず、
それを観ていたマイケルは大喜びでした。
プリンスはギターも、マイクを使ったトリックも、お決まりのポーズも、シャツを脱ぎ捨てる時も、すべてにシクジッテしまい、
その前のマイケルのダンスの引き立て役に終わってしまったのです。

リード:「マイケルはプリンスの失態を喜んで、笑いながら見ていたんだ。」
     「その後にマイケルはプリンスの映画『Under The Cherry Moon』をプレイして、またプリンスのことをあざ笑っていた。」


『Under The Cherry Moon』
 プリンスが監督&主演したモノクロ映画
 ゴールデンラズベリー賞の最低作品賞、最低主演男優賞、最低監督賞、最低主題歌賞・・と最低賞を五部門も取ったプリンスの失敗作品


リード:「マイケルは競争相手のプリンスとお兄さんのジャーメインには特に意地悪だった。」

「映写室の後はパスタでランチだった。マイケルのパスタはすべてディズニーのキャラクターの顔だった。」


LAリードとベイビーフェイスの二人は、ロサンジェルスにヘリコプターで戻り、
それから三週間、スタジオでマイケルと曲作りをするようにアレンジされたそうです。

ニューヨークでレコーディング途中のジャーメインは、後になってこの事を知り、大激怒!
リードトベイビーフェイスのレイベルのラ・フェイス・レコード(LaFace Records)を辞める!と言い出し大変だったそうです。

Michael and Jermaine 2

リードがマイケルにそのことを伝えると、
マイケル:「そのうちに(ジャーメインの怒りは)治まるよ。」
リード:「彼の怒りが問題じゃないんだ。問題は、彼がレーベルを辞めるって言ってるんだ。」

マイケル:「ジャーメインは契約しているの?」
リード:「イエス」
マイケル:「じゃあ、出来るわけないじゃない。契約はルールなんだから。」

リード:「マイケル・ジャクソンは狡猾な人間だった。間違ったことをしている訳ではないけれど、ピーターパンがそんな事するなんて思いもしないような事をするような人間。ピーターパンにはもう少し思いやりがあるはず、でも違うんだ。彼は氷のように冷たかった。」

Michael and Jermaine 1

リードとベイビーフェイスはアトランタでジャーメインと仲直りすることができました。

また一緒にレコーディングを始めた時、
ジャーメイン:「マイケルの事を歌にしたいんだ。マイケルがずっと僕にしてきたことを歌にしたいんだ。僕が君達みたいなプロデューサーを見つける度に、彼は僕からプロデューサを奪ってしまう。マイケルは自分以外は、家族のことも誰のことも気に掛けたりしないんだ。」


リード:「ジャーメインのプロデューサーとしては、アーティストのやりたい事をさせてあげなければいけない。マイケルをけなすような曲をプロデュースしたくはなかったけれど、仕方がなかった。全米のラジオ局がジャーメインの『Word to the Badd!』を取り上げて、放送した。」


リード:「LAのアパートに居た時、マイケルから電話があった。すごく怒っていた。」
マイケル:「これ、止めさせてよ!君がレーベルの社長なんだから、これを抹殺してよ。こんなの、よくないよ。」

Michael and Jermaine 3

マイケルとジャーメインはキャサリン母さんの住む家に呼ばれて話合いをしましたが、
二人は仲直りをしなかったようで、
その後、リードに電話してきたジャーメインは、『Word to the Badd!』の放送は続行するという意向、
そしてマイケルからの電話は、リードに「何が何でも放送は止めさせろ!」とのことでした。


リード:「電話があった日から二日後、ジャーメインのレコードがラジオから消えてしまった。まるで、最初っからなかったかのように消えてしまった。マイケルが何をしたのかわからない。マイケルが何かをしたかどうかもわからない。でもあの曲は一瞬にして無くなってしまったんだ。」


Sing to Me: My Story of Making Music,
Finding Magic, and Searching for Who's Next

LAリード(LA Reid)
 本名: Antonio M. "L.A." Reid
 誕生日: 1956年6月7日(59才)
 職業: 音楽プロデューサー
      元 アイランド・デフ・ジャム・ミュージックオーナー アリスタ・レコード社長
      現エピック・レコード社長
 経歴:
   ファンクバンド・ディールでドラムを担当
  同バンドのベイビーフェイスとともに、音楽プロデューサーチーム・L.A.&ベイビーフェイスとして活躍
  ホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリー、マドンナ、ボビー・ブラウンなどのプロデュースを手掛ける
  1996年から3年連続でグラミー賞プロデュース部門受賞

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